東京高等裁判所 昭和57年(う)760号 判決 1982年12月21日
主文
原判決を破棄する。
被告人鬼丸を懲役二年に
同野﨑を懲役一年六月に
同久島を懲役二年六月に
それぞれ処する。
被告人野﨑に対し、この裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。
原審ならびに当審における訴訟費用のうち、原審において被告人野﨑の弁護人に支給した分は同被告人の負担とし、当審において証人大堀省三に支給した分は被告人鬼丸、同久島の連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人鬼丸については弁護人和田衛が提出した控訴趣意書に。被告人野﨑については弁護人神崎量平が提出した控訴趣意書に、被告人久島については弁護人山下正一郎が提出した控訴趣意書および控訴趣意補充書に、それぞれ記載されているとおりであり、これらに対する答弁は、検察官が提出した答弁書に記載されているとおりであるから、これらをいずれも引用する。
一 被告人鬼丸の控訴趣意第一点について
所論は、事実誤認の主張であり、原判決は、罪となるべき事実第二の一および二として、被告人鬼丸が被告人久島との間で日本刀を利用しての金員騙取を企て、共謀のうえ、右久島においてその実行行為に及び、大堀省三から現金合計一〇〇〇万円を騙取した旨認定しているけれども、鬼丸は久島に対し二回にわたり日本刀を売渡しただけであり、同人が右日本刀を用いて他人から金員を騙取するであろうと認識していたとしても、鬼丸自身には金員騙取を実行する意思がなく、また、久島の行為を利用して金員騙取を実行したものとみることもできず、鬼丸と久島との間で共謀関係の成立を肯定することはできないのであるから、原判決は明らかに事実を誤認したものである、というのである。
そこで、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、関係各証拠によれば、原判示罪となるべき事実第二の一および二の犯行に関し、(一)被告人鬼丸、同久島の両名はいずれも刀剣類のブローカーをしていたものであり、昭和五三年ころから互いに知合い、刀剣の売買取引をしていたこと、(二)右久島は、新大阪板紙株式会社の取締役会長をしている大堀省三を以前から刀剣取引の関係で知っていたところ、昭和五五年一一月ころ大阪市北区天満橋二丁目四番三号に在る右会社に赴いて右大堀と会い、刀剣の取引に関する話をしたうえ、自己の刀剣商売に資金面で協力してほしい旨依頼し、大堀の承諾を得たこと、(三)久島は、右のように大堀との間で資金援助の約束をとりつけたうえ、そのころ刀剣取引の関係で金策に苦しんでいたことから、日本刀の取引を口実にして大堀から金員を騙取しようと企て、その手段として日本刀などを入手すべく、同年一二月初めころ被告人鬼丸の住居に赴き、同人に何か良い刀はないかと尋ねたこと、(四)右鬼丸は、かねてから西田勉に文部省作成名義の重要美術品認定通知書(文部省が書画刀剣などにつき重要美術品に認定されたことをその所有者に通知する旨の書面)あるいはその用紙(物件名や所有者名などが未だ記入されていないもの)を偽造させたり、それを買取ったりしていたものであるが、右のように久島に良い刀はないかと尋ねられたことから、自己所有の無銘の日本刀一振を久島に見せ、「これは文部省から重要美術品として認定されている来国俊の刀に似ているから、それに仕立ててはどうか。」と言い、右日本刀一振と前記西田から入手した重要美術品認定通知書の用紙一枚を合計代金一四〇万円で久島に売渡したこと、(五)右売渡の際、鬼丸としては、久島が右の日本刀や認定通知書用紙を用い、それが真に重要美術品として認定された日本刀であるかのように装い他人を欺罔して金員を騙取するであろうことを十分に認識していたものの、その欺罔の相手方や方法などについて何も聞かなかったこと、(六)その後間もなく、久島は、的場善一に依頼して前記通知書用紙の未記入部分に刀剣名、認定年月日、所有者名などを記入させ、文部省作成名義の重要美術品認定通知書を勝手に作り上げたうえ、そのころ、前記新大阪板紙株式会社の近くに居住する古物商の神谷圭吾方に赴き、同人に対し、「大堀会長から偽物の刀で金を引出そうと思っているが協力してくれないか。成功したら礼金を出す。」と依頼してその承諾を得、その足で右会社に赴き、前記大堀に対し、前記日本刀および重要美術品認定通知書を示しながら、「これは文部省が重要美術品に認定した立派な刀です。私の得意先の鉄工所の社長が手形決済の資金繰りのため出した刀です。一〇〇〇万円くらいはすると思います。研究してみて下さい。」などと嘘を言い、右日本刀と通知書を大堀に預けてその場を去ったこと、(七)右大堀は、その日のうちに前記神谷を会社に呼び、久島が置いて行った日本刀を見せたところ、神谷が「これは良い刀です。二〇〇〇万円くらいはするでしょう。」というので、久島の言葉や認定通知書などと考え合わせ、右日本刀が真に重要美術品に認定された高価な刀であると誤信するに至ったこと、(八)久島は、翌日再び前記会社に大堀を訪ね、同人に対し「昨日の刀はいかがですか。三〇〇万円くらい出してもらえますか。」と言い、前記のように誤信した大堀から、前記日本刀を担保とする貸付金の名目で現金三〇〇万円の交付をうけ、これを騙取したこと、(九)久島は、同年一二月一〇日ごろ、またも大堀から金員を騙取しようと企て、再び鬼丸の住居に赴き、同人に対し「他に何かいい刀はないか」「重美の証書はないのか」などと尋ね、同人から日本刀一振を代金一三〇万円で買受け、さらに前回と同様の重要美術品認定通知書用紙一枚を代金一〇万円で買受けたこと、(一〇)鬼丸は、久島に右日本刀と通知書用紙を売渡した際も、久島がそれらを用いて前と同様に他人を欺罔し金員を騙取するであろうことを十分に認識していたものの、その欺罔の相手方や方法などについては何も聞かなかったこと、(一一)久島は、右のように鬼丸から買受けた日本刀を重要美術品として認定されている来国光の刀に仕立てることにし、買受けたその日のうち的場善一に依頼して前記通知書用紙の未記入部分に刀剣名、認定年月日、所有者名などを記入させ、文部省作成名義の重要美術品認定通知書を勝手に作り上げたうえ、その翌日ごろ、前記会社に赴き、前記大堀に対し、右日本刀と認定通知書を示しながら、「これは前と同じ鉄工所の社長が出したものです。重要美術品の目録にも掲載されていて間違いのない刀です。前の刀と合わせて二振で一〇〇〇万円なら買取れます。」などと嘘を言い、大堀をして右日本刀が真に重要美術品に認定された高価な刀であると誤信させ、一〇〇〇万円で二振の日本刀を買取ることを承諾させ、右代金の追加分という名目で同人から現金七〇〇万円の交付をうけてこれを騙取したこと、(一二)久島は、以上のようにして大堀から騙取した合計一〇〇〇万円の現金のうち、五〇万円を前記神谷に謝礼として渡し、残りを刀剣取引に関する手形の決済や生活費などに充てており、鬼丸から買受けた前記日本刀などの代金については、二回目の通知書用紙の代金一〇万円を現金で支払っただけであり、そのほかの分は後で支払うことにしたままであること、以上のような諸事実を明らかに認めることができる。
右の諸事実によって考えると、大堀に対し二回にわたる金員騙取の犯行を企て、その実行行為に及んだのが被告人久島であることは明白であり、同人が詐欺罪の正犯としての罪責を負うべきことは当然である。しかし、被告人鬼丸についてみれば、同人が日本刀や重要美術品認定通知書用紙を久島に売渡し、右日本刀を重要美術品として認定された刀であるかのように装うことを久島に勧めるなどし、本件各詐欺の犯行の実現につき相当程度寄与していることは明らかであるけれども、各詐欺の実行行為そのものを分担したものとは認められず、また、久島との間で各詐欺の犯行につき共謀があったと認めることも困難というべきである。すなわち、鬼丸において、久島に日本刀などを売渡した際、久島がそれらを用い他人を欺罔して金員を騙取するであろうことを認識していたと認められることは前記のとおりであるが、いわゆる共謀共同正犯の要件である共謀が成立したといい得るためには、単に他人が犯罪を行うことを認識していたというだけでは足りず、二人以上の者の間において、互いに他の行為を利用して各自の犯意を実行しようとする共同意思が存在していなければならないと解される(最高裁判所昭和三三年五月二八日判決・刑集一二巻八号一七一八頁、同四三年三月二一日判決・刑集二二巻三号九五頁各参照)ところ、鬼丸は、前記のように、久島が欺罔しようとする相手方や欺罔の方法、時期などについては何も聞かず、日本刀などを売渡したほかは久島の犯行につきなんら介入、関与せず、久島から事後報告もうけていないし、騙取金員の配分もうけていないのであって、これらの諸点からすれば、鬼丸に久島の行為を利用し同人と共に詐欺罪を行おうとする犯意があったとは認め難いものといわなければならない。被告人鬼丸は、本件の以前から偽造した重要美術品認定通知書など日本刀と共に久島に売渡していたものであり、そのような経緯からも、また、本件において売渡した日本刀などの代金を取得するためにも、久島の犯行が成功することを望んでいたものと認められる。しかし、そのことを考え合わせても、鬼丸に久島との共同犯行の意思があったものとみることはできない。また、被告人鬼丸は、原審公判において久島との共謀による詐欺という本件の起訴事実を認めており、大堀に対する被害弁償についてもある程度の措置を講じていることが明らかであるが、これらの点も、大堀に対する道義的責任を感じての言動とみられるのであって、共同犯行の意思を認めるべき理由とすることはできない。
以上のとおり、原判示罪となるべき事実第二の一および二の大堀に対する犯行については、被告人鬼丸は実行行為を分担しておらず、久島との間で共謀があったと認めることはできないのであって、そのほか、記録全体を検討しても、鬼丸に共同正犯としての罪責を認めるべき証拠は不十分であるといわざるを得ないから、この点に関する原判決は事実の認定を誤ったものといわなければならず、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、被告人鬼丸についての原判決はこの点において既に破棄を免れない。
二 被告人鬼丸の控訴趣意第二点について
所論は、事実誤認の主張であり、原判決は罪となるべき事実第二の一および二において、被告人久島が大堀省三に対し二回にわたり詐欺の実行行為に及び金員を騙取した旨認定しているが、久島は右大堀との共同事業として日本刀を仕入れるため、大堀にその仕入れ代金を支出してもらったものであって、久島の所為は詐欺には当らないから、原判決は事実を誤認したものである、というのである。
しかしながら、原判決に所論のような事実認定の誤りがないことは、被告人久島の控訴趣意第一点に対する判断として後述するとおりであるから、論旨は理由がない。
三 被告人鬼丸の控訴趣意第三点について
所論は、量刑不当の主張であり、被告人鬼丸を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。
しかし、被告人鬼丸についての原判決が破棄を免れないことは前述のとおりであり、同被告人に対する当裁判所の量刑上の判断は後記自判の際示すことにするから、ここでは所論に対し特に判断を加えない。
四 被告人野﨑の控訴趣意について
所論は、被告人野﨑を懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑はあまりにも重きに失し不当である、というのである。
そこで、原審記録を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、被告人野﨑についての本件事案の内容は、原判示罪となるべき事実第一の一および二のとおり、二回にわたる小切手や日本刀の騙取であり、被告人野﨑は以前から被告人鬼丸の手先になり、鬼丸から偽造された重要刀剣指定書や日本刀などを受取ったうえ、これを真正な指定書であり重要刀剣であるかのように偽って他に売りつけていたものであって、本件各犯行はその一環であること、被告人野﨑は本件各犯行につきいずれも実行行為を担当したものであり、被害者の向永光および松山猛夫はいずれも野﨑の刀剣商売における多年の顧客であって、本件各犯行は右顧客の信頼を裏切ったものであること、本件犯行により騙取したのは額面二二〇万円の小切手一枚と日本刀四振(時価合計約六七五万円)であり、その価額は大きく、野﨑自身が取得した利益も決して少ないものではないこと、以上のような諸点を総合すれば、被告人野﨑の罪責は相当重いものといわなければならず、同被告人には全く前科がないことや本件においては偽造の指定書や日本刀を準備しその売渡を指示した鬼丸の役割が大きいとみられること、被害者の向永光に対しては、昭和五七年二月二六日鬼丸が弁償金として一〇〇万円を支払い、同日付で右向が鬼丸、野﨑につき寛大な裁判を願う旨の上申書を作成していること、また、被害者の松山猛夫に対しては同年二月六日鬼丸所有の日本刀一振を野﨑が交付し、同日付で松山が鬼丸、野﨑につき寛大な処分を願う旨の上申書を作成していることなどの情状を斟酌しても、原判決当時を基準とするかぎり、被告人野﨑を懲役一年六月の実刑に処した原判決の量刑は、必ずしも首肯し得ないものではなく、直ちに重すぎて不当であるということはできないのであって、論旨は理由がない。
しかしながら、当審における事実取調の結果によれば、被告人野﨑は原判決後の昭和五七年四月三〇日前記松山の許に赴き、さらに現金五〇万円と日本刀一振を提供し、その結果、両者の間で本件につき円満に解決した旨の示談書が作成され、松山から野﨑につき寛大な処分を願う旨の上申書が重ねて提出されたこと、前記向からも、野﨑を宥恕するので寛大な処分を願う旨の上申書が同年八月一七日で提出されていること、被告人野﨑は急性心筋梗塞のため同年六月から二か月間ほど入院し、現在も通院加療中であることなどの諸点が認められるのであり、これらの新たな情状と前述した原判決当時における諸般の情状とを考え合わせ、被告人野﨑に対する量刑について再考すると同被告人に対しては、今回にかぎり刑の執行を猶予するのが相当であり、この点において同被告人についての原判決は、これを破棄しなければ明らかに正義に反するものと認められる。
五 被告人久島の控訴趣意第一点について
所論は、事実誤認の主張であり、原判決は罪となるべき事実第二の一、二として被告人久島と同鬼丸との共謀による大堀省三に対する詐欺の事実を認定し、同第三の二、三として被告人久島単独の大堀省三に対する詐欺の事実を認定しているが、右の各認定はいずれも事実を誤認したものであり、久島は大堀との間で締結した刀剣取引の基本契約に基づき、大堀から日本刀の仕入代金を支出してもらったものにすぎず、大堀を欺罔して金員を交付させたものではないのであって、久島の行為を詐欺罪の実行行為とみることはできないというのである。
そこで、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、原判決が挙示している関係各証拠によれば、原判示罪となるべき事実第二の一および二の各事実(ただし、鬼丸と「共謀のうえ」とある点を除く。)ならびに同第三の二および三の各事実を十分に認定することができるのであり、原審で取調べたその余の各証拠ならびに当審における事実取調の結果を考え合わせても、原判決の右事実認定に誤りがあるとは決して考えられない。すなわち、各証拠によっても、被告人久島と大堀との間において所論のような刀剣取引の基本契約が締結されていたものとは認めることができず、また、大堀が久島の刀剣商売につき資金面で協力することを承諾した事実は認められる(被告人鬼丸の控訴趣意第一点に対する判断において、経過事実の(二)として認定したとおりである。)ものの、久島の持込む刀剣につき、それがどのような刀であっても、無条件でその代金等を支出する約束であったとは決して認められないのであって、大堀は原判示の各日本刀につき、それが真に重要美術品に認定されあるいは重要刀剣に指定された刀であると誤信し、また、久島の嘘言を真実と考えたため、原判示のとおり貸付金あるいは買受代金として各金員を久島に交付したものであることが証拠上明らかであるから、久島の各所為が詐欺罪の実行行為に該当することは当然といわなければならない。
以上のとおりであるから、原判決の事実認定に所論のような誤りはなく、論旨は理由がない。
六 被告人久島の控訴趣意第二点について
所論は、量刑不当の主張であり、被告人久島を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて著しく不当であるというのである。
しかし、被告人久島についての原判決は、次に述べるとおり、職権による判断によって破棄を免れないものであり、同被告人に対する当裁判所の量刑上の判断は後記自判の際示すことにするから、ここでは所論に対し特に判断を加えない。
七 職権判断
職権により被告久島についての原判決を調査すると、原判決は、罪となるべき事実第二の一、二において、被告人鬼丸、同久島の両名が共謀のうえ、久島において各金員騙取の犯行に及んだものと認定しているのであるが、被告人鬼丸の控訴趣意第一点に対する判断として既に述べたとおり、鬼丸と久島との間において右金員騙取の犯行についての共謀があったと認めることはできないのであり、関係各証拠によれば、後記自判のとおり、鬼丸は久島の犯行を幇助したにとどまるものと認めるのが相当である。
とすれば、原判決は、右第二の一、二について、久島の単独犯ならびに鬼丸の幇助犯と認めるべきところ、両名の共同正犯と認定したものであるから、事実を誤認したものといわなければならず、右の誤りは犯行関与の基本的な形態に関することがらであるから、久島に対する関係においても、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきであって、被告人久島についての原判決も破棄を免れない。
八 破棄自判
以上の次第であるから、被告人鬼丸については刑訴法三九七条一項、三八二条により、同野﨑については同法三九七条二項により、同久島については同法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄することにし、当審において検察官が予備的に追加した訴因をも考慮すれば、当審において直ちに判決をすることができるものと認め、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判示罪となるべき事実のうち第二の部分を次のようにあらためるほかは、原判示罪となるべき事実のとおりである。
第二 一 被告人久島は、重要美術品の認定をうけていない日本刀を文部省から重要美術品に認定された美術的価値の高い刀であると偽り、右刀を担保とする貸付又は右刀の売買という名目で金員を騙取しようと企て、昭和五五年一二月初めころ、大阪市北区天満橋二丁目四番三号新大阪板紙株式会社において同社取締役会長大堀省三に対し、日本刀一振を示し、「この刀は文部省が重要美術品に認定した立派な刀です。私の得意先の鉄工所の社長が手形決済の資金繰りのために出したものです。一〇〇〇万円ぐらいはすると思います。研究してみて下さい。」などと嘘を言い、一旦退去し、その翌日再び同所に赴き、右大堀に対し「昨日の刀はいかがですか。三〇〇万円くらい出してもらえますか。」と申し向け、同人をして、前日からの被告人久島の言葉が真実であるものと誤信させ、よって、その場で右大堀から前記日本刀を担保とする貸付金の名目で現金三〇〇万円の交付をうけてこれを騙取し
二 被告人鬼丸は、被告人久島が前記のように金員を騙取しようと企てていることを知りながら、同人の依頼により、前記のように久島が大堀を最初に訪ねた日の前日ころ、大阪市南区《番地省略》○○ビル三〇五号の自宅において、前記の日本刀一振および偽造された重要美術品認定通知書用紙一枚を被告人久島に売渡し、もって、久島の前記犯行を容易にさせてこれを幇助し
三 被告人久島は、前記一と同様に金員を騙取しようと企て、昭和五五年一二月一〇日ころ、前記新大阪板紙株式会社において、前記大堀に対し、日本刀一振を示し、「これは前と同じ鉄工所の社長が出したものです。重要美術品の目録にも掲載されていて間違いのない刀です。前の分と合わせて二振で一〇〇〇万円なら買取れます。」などと嘘を言い、大堀をして右日本刀が真に重要美術品に認定された高価なものであると誤信させ、二振の日本刀を一〇〇〇万円で買取ることを承諾させ、よって、そのころ同所において右代金の追加分という名目で大堀から現金七〇〇万円の交付をうけてこれを騙取し
四 被告人鬼丸は、被告人久島が前記のように金員を騙取しようと企てていることを知りながら、同人の依頼により、前記三の日の前日ころ、前記○○ビル三〇五号の自宅において、前記三の日本刀一振および偽造された重要美術品認定通知書用紙一枚を被告人久島に売渡し、もって、久島の前記三の犯行を容易にさせてこれを幇助し
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用ならびに量刑理由)
被告人鬼丸の判示第一の各所為はいずれも刑法二四六条一項、六〇条、同第二の二および四の所為はいずれも同法二四六条一項、六二条一項にそれぞれ該当し、右第二の二および四はいずれも従犯であるから、同法六三条、六八条三号によりそれぞれ法定刑につき法律上の減軽をしたうえ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑ならびに犯情の最も重い判示第一の一の詐欺罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきことになる。そこで、量刑の情状について考えると、被告人鬼丸は、本件各犯行の以前から原判示の刀剣保存協会発行名義の重要刀剣指定書や文部省作成名義の重要美術品認定通知書などを偽造し、あるいは他人に偽造させたりし、これを日本刀に添えその日本刀が重要刀剣や重要美術品であるかのようにみせかけ、被告人野﨑に売りさばかせたり、同久島に売渡したりしていたものであって、判示第一の一、二ならびに第二の二、四の各犯行はいずれもその一環であり、右第一の犯行および第二の犯行においては、それぞれれ共同正犯あるいは従犯という評価の違いこそあれ、犯行の基本的手段となる日本刀や偽造の指定書などを野﨑や久島に交付し、犯行の実現に重要な役割を果している点において、犯情は甚だ悪質といわなければならない。そして、被告人鬼丸には前科が四犯あり、特に昭和四九年九月二〇日には大阪地方裁判所岸和田支部において有印私文書偽造、同行使、詐欺等(多数回にわたり本件と同様刀剣についての認定書を偽造、行使し、相手方を欺罔して金員を騙取したもの)の罪により懲役二年六月、四年間執行猶予、猶予期間中保護観察という判決をうけているのであって、同被告人は右執行猶予期間の経過後再び同種犯行をくり返すに至ったものである。以上のような諸点からすれば、被告人鬼丸の罪責は重いというべきであるが、他面において、同被告人は、判示第一の犯行については野﨑から日本刀二振と現金二〇万円を得ただけであり、同第二の犯行に関しては久島に売渡した日本刀二振の代金を未だ受取っておらず、各犯行による利得は多くないこと、判示第一の一の犯行の被害者向に対し現金一〇〇万円を弁償してその宥恕を得ており、同第一の二の犯行の被害者松山に対しても野﨑を介して日本刀一振を提供し宥恕を得ていること、また、判示第二の犯行の被害者大堀に対する弁償につき、鬼丸は久島に日本刀一振を提供し弁償金捻出に協力していることなどの情状も認められるのであり、これらの情状をも斟酌して考えれば、被告人鬼丸に対しては、前記処断刑期の範囲内で懲役二年に処するのが相当である。
次に、被告人野﨑の判示第一の各所為はいずれも刑法二四六条一項、六〇条に該当し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の一の詐欺罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきことになる。そして、同被告人に対する量刑上特に考慮すべき点は、同被告人の控訴趣意に対する判断として前述したとおりであり、本件事案の内容、原判決当時における諸般の情状、原判決後の新たな情状などを総合し、現時点において考えれば、被告人野﨑に対しては、前記処断刑の範囲内で懲役一年六月に処し、諸般の情状により刑法二五条一項一号を適用してこの裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予するのが相当である。
さらに、被告人久島の判示第二の一および三、同第三の一ないし三の各所為はいずれも刑法二四六条一項に、同第四の各所為はいずれも同法二五二条一項に、同第五の一の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、同第五の二の所為は同法一一九条一項二号、三八条一項に、同第五の三の各所為のうち私文書偽造の点はいずれも刑法一五九条一項に、偽造私文書行使の点はいずれも同法一六一条一項、一五九条一項にそれぞれ該当するところ、右第五の三の各偽造と行使とはそれぞれ手段、結果の関係にあるから、刑法五四条一項後段、一〇条によりいずれも犯情の重い偽造私文書行使罪の刑によって処断することにし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、道路交通法違反の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択したうえ、刑法四七条本文、一〇条により刑ならびに犯情の最も重い判示第三の二の詐欺罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内(ただし、短期は偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)において同被告人を処断すべきことになる。そこで、同被告人に対する量刑について考えると、同被告人の本件各犯行のうち、先ず判示第五の点は、同被告人が無免許で乗用車の運転をし、横断歩道を通過するにあたり、歩行者がいるのにその直前で停止せず、その直後に警察官から右一時停止義務違反等について取調をうけた際、無免許運転が発覚することをおそれ、二通の供述書に他人の氏名を勝手に記載して警察官に提出したというものであり、被告人久島は昭和五一年一月から翌五二年一二月までいずれも無免許運転あるいはこれと速度違反の罪により四回罰金に処せられていることをも考え合わせれば、右無免許運転、一時不停止、私文書偽造、同行使の各犯行も甚だ悪質なものといわなければならない。次に、判示第二ないし第四の各犯行についてみれば、右はいずれも被告人久島の刀剣ブローカーとしての仕事に関連するものであり、同被告人は、以前にも古物商を営み刀剣の取引をしていたが、一時右商売を中止し、昭和五三年ころから再び刀剣商売をはじめ、主として被告人鬼丸から日本刀を仕入れ、これを売りさばいたりしているうち、同五五年五月ころから前記のように偽造された重要美術品認定通知書や重要刀剣指定書などを日本刀と共に鬼丸から買取り、右日本刀を真に重要美術品でありあるいは重要刀剣であるかのように装い他に売渡したり、金策の手段に供したりしていたものであって、本件各犯行はその一環としてなされたものにほかならない。そして、被告人久島は、判示のとおり、新庄礒一からは三〇〇万円、大堀省三からは四回にわたり合計二四〇〇万円という多額の現金を騙取し、さらに大堀の日本刀二振をも横領しているのであり、その犯行態様は甚だ巧妙、悪質であって、特に大堀に対する犯行はまことに執拗、貪欲なものというほかなく、以上のような事案内容からすれば、被告人久島の罪責は重大である。また、被害弁償関係についてみても、横領にかかる大堀の日本刀二振については、久島の妻子が金を工面して処分先から取戻し、大堀に返還しているが、詐欺の被害者新庄との関係では、久島が昭和五七年二月二八日に額面一五〇万円の約束手形を二通振出していることは認められるものの、それが支払期日に決済されたかどうかは明らかでなく、被害者大堀との関係では、前記合計二四〇〇万円の騙取金員に対する弁償として久島が同年二月ごろさつま焼の特大花びんを大堀に提供したことは認められるけれども、右花びんを久島が入手するにつき、またも大堀から六〇〇万円支出させたというのであるから、結局において、全体的にはみるべきほどの弁償がなされていないというほかはない。以上のような事案内容、弁償関係のほか、被告人久島の年令、家庭状況などを総合考慮すれば、被告人久島に対しては前記処断刑期の範囲内で懲役二年六月に処するのが相当である。
なお、原審ならびに当審における訴訟費用については、原審において被告人野﨑の弁護人に支給した分は刑訴法一八一条一項本文により同被告人の負担とし、当審において証人大堀省三に支給した分は同法一八一条一項本文、一八二条により被告人鬼丸、同久島の連帯負担とする。
以上のとおりであるから主文のように判決する。
(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 千葉裕 小田部米彦)